恋人が外国へ行ってしまい、彼の実家レヴィス家ですごし初めて数日が過ぎた。
アメリカの片田舎。
わたしは兄夫婦のゲストハウスの客室の一室を間借りしつつ、
農業や野菜やオーガニックの料理などを学んでいるというわけである。
ほとんど毎日家族全員と顔を会わすが、
一日のなかで最も長く過ごし一緒に作業をしたりハナシをしたりしているのが、
レヴィス家で唯一レヴィス家出身でないお嫁さんのボニーである。
ボニーはよく喋る。
ちいさなひとつひとつ実況中継をしてくれたり、わたしのことを気遣ってくれたり、
とにかくこのボニーがいて良かったと思う瞬間が何度もあった。
はじめにわたしがレヴィス家に来るとき、恋人本人から、
「うちの家族はちょっと狂ってるから」と私は耳にたこができるほど説明を受けていた。
あまり気にしない私であったが、
まだ一切の発言が出来ないときの私に、
ボニーは「ここの家族は少々狂っているから、”何か変だな?”って思っても、
それはあなたが日本人だからではないから安心していい!」と説明をした。
ボニーはいつでも明るくよく喋り、いつでも私を安心させてくれる存在である。
先ほど紹介した親友テルーラと新しい彼氏ガブラの母親でもあるボニーは、
元保母というだけあってさすがと思わせる子育てっぷりで、
さらに腕白をそのまま大人にしたような旦那の妻も立派につとめ、
レヴィス家の嫁として日々悪戦苦闘しながら頑張っている。
私のなかで、レヴィス家における印象と特徴としては、
クレイジーではなく「乱雑」の一言に尽きる。
誰一人として片付けができないという恐ろしい状況は、
どこもかしこもモノに溢れかえり収拾がつかないという結果を生んだ。
開いた口が塞がらないという表現がよく似合う散らかり具合はもはや潔く気持がいい。
そしてお嫁さんのボニー。
唯一の弱点兼愛すべき点を挙げるとすれば、彼女も片付けができないのである。
嫁を迎えたレヴィス家のおかしたイージーミス。
彼女は言った。「私はまだ子供だから、大人になったら片付けはできるようになる!はず!」
既に2人の子供の母親である。
ボニーは片付けが苦手だが、ゴミ箱のような車の中を一生懸命片付けようとしてみたり、
マイペースな男らしい旦那にぷんすか腹を立ててみたり、
愛くるしい二人の我が子になみなみ愛を注いだり、 今日も忙しい。
先日は、次女テルーラが生まれてから初めて彼女を残し友達と夕食に出かけると
意気込んでいた。早朝から美容院に行くと張り切っている。
母親というのは、同い年の都会に住む友達よりも、
もしかしたら髪の毛はぼさぼさかもしれないし、
よだれでべたべたになってもいい服を着なくちゃいけないし、
いつでもわーわーぎゃーぎゃー喧しい場所で必死に戦わなくてはいけない。
それでも、わたしにはそれが一番美しくみえた。
海のように広く深く強く、それが親になるということで、
その美しさはきっと母親になった女性しか持てないはずのものだ。
わたしは自分のことを話すのがどちらかというと苦手で、
何か問題が起こってもすぐに1人よがりになりがちだが、
ボニーにはなぜだかハナシがしたくなる。
遠く離れた恋人と喧嘩した翌朝には、まずボニーに報告から一日は始まって、
作業をしながら色々なことを話すのが私の毎日の楽しみになった。
わたしの持っていない憧れる部分をたくさん持つボニー。
この間は大量のリンゴを剥き5本アップルケーキを焼いた。
1と2分の1カップの5倍が計算できずに私に尋ねてきたが、
実はわたしも計算が実に苦手であることを告白し、
大人ふたりの頭脳と指あわせて20本を総動員しても、
「7と2分の1」を導きだすのに相当な時間がかかったと思われる。
そんなボニーと時々レヴィス家、今日も問題は山積みという平和のかたち。
ボニーがレヴィス家の嫁でよかった。