多くを望むことを辞めようとおもう、25歳の夏。
雨が降り始める。夏の陽射しの隙間を埋めてゆく。
一年前の恋の真似事がもう一度現れる。
やさしい時間が流れる。変化と刺激だけを求め続けてきた。
忘れかけてきたことがある。25回目の夏。
あきらめるという表現がいまこの時に当てはまるのかどうかは
まだわからない。
受け入れるということを知る。
ほしくて仕方のないものたちとともに苦しい気持ちで握った手を
そっと解き放ちひらく
すると逃げていくもの
すると見えてくるもの
もう、これ以上なにも望まないとそれだけを何度も感じた。
自分のことを掴むことなどできずにひたすら踊らされた
運命にただ流されることは思った以上に難しく
抗って抗ってわたしがここにいて
過去の自分にとても感謝している
口ばかり達者で傲慢な心は捨てられず
気がつけば謙虚なのは表面だけ
それでも虚勢を張らなければ全てが一瞬で崩れてしまいそうで
プライドを捨てた後どうしたらいいかなんて
ひとつも方法は見つからなかった
不安感や苦しさは一生ぬぐわれることはないのだろうかと思っていた
手に入れても手に入れても次々に繰り返し湧き上がる感情に
何度も何度も訪れる迷い続ける日々にもううんざりして
人生がある程度決まる瞬間などいつの日か来るのだろうかと
悶々とした日々 そしてわたしは疲れきってしまって
笑っていても誰かにほめられても虚しいばかりで
いいこでいるだけなら簡単で
八方美人なだけで本当の自分などみえなくて
でも誰かに打ち明けられることもできなくて
心に平穏はおとずれなくて
自分のことを信頼できないわたしがどうして
ほかのひとを信頼できるだろうか
7月の終わりの週末
真夏に手を引かれ意識が朦朧となりながら歩く
スウェーデンからの友達の突然の訪問と
恋の真似事の記憶と人の手のひらの温度
わたしはずっと上の空だった
いろいろなことを思った
何度もこころのなかで唱えたことは
「もう、これ以上何も望みはしまい」
それだけだった。
あきらめることを恐れていた。
野心をなくしてしまっては前に進めなくなるとおもっていた。
目標をもたねば消えてなくなりそうで
自分がいままで口にした決意の責任を取らねばいけないと思う一心だった
でもようやく夏のひとこまひとこま
浮かない気もちに何度も答えを請ううちに少しづつ受け入れられるようになり
いままでのわたしに 今を創り上げてくれて 感謝したならば
次はあたらしいわたしへと すべてを託して
正しい答えはひとつもない。それでも、選ぶのはわたし自身しかいない。
変化を怖れぬこと。享受すること。
「決めないこと」を まず 決めよう。
わたしがどんどん変わってゆくことへ 戸惑いを感じているのは
ほかの誰でもない わたし自身だ。
理屈を並べ立てて納得させようとするのも
あたまを整理してわかった気になることも
誰かに認めてほしくて言葉につづることも
なにもかもまずは手放して
いまここにあることだけを受け入れる。
現状に満足できないような向上心なら潔く捨てて
ただ目の前にあることをこつこつつみあげることは
それだけはできるから。
ハロー、グッバイ、とありがとう
まだ大人には ほどとおいけれど。
……………
来年のなつには小豆をおいしく炊けるようになって
冷たいぜんざいに白玉団子をうかべるのさ。
誰かが言った。 白玉ぜんざいの白玉を、ひとにあげられるようになったら
一人前だと。
長いみちのり。
2008-07-28 Néné B.C.
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