Raw の場所の、あの生暖かくて独特の渇いた匂いを嗅ぐと、
強い郷愁に駆られて切なくて胸が締め付けられるほど
ほっとするのは何故なんだろう。
木の実とか野菜とか香草の混じりあったその他の何処にも無いような
田舎の台所の匂いが、いまの私を激しく惹き付ける。
火のないキッチン。在るのは乾燥機だけ。
初めてそこに立った時は、バーモントと同じ匂いだと思ったけれど、
何度か色々な場所でデジャヴに襲われてようやく、すこしずつ腑に落ちて来て、
ああ、他でもないその温度と香りが、この身体に必要なものなんだろうと
思うのだった。
無限の食べ方のうちの一つ、Raw が今、安堵させる。
変化に変化を重ね、半年前、必要ないと判断して処分したほとんど全ての料理本。
その中でも、一番始めに無くなったRaw の本を、またもう一度
買おうとしている。
ちらちらと光は揺れていて、わからないことも多くて、
この人生はいつまでたっても何と愛おしいかと思う。
そうして、必要な時がきたらこうして次々と新しい出会いに恵まれることを
とてもありがたく思う。
全てはとても丁度いいタイミングでやってくる。
いいエネルギーに次々にちゃんと巻き込まれ、
そういう場所と引き合って行く。
毎日記憶喪失になって、毎日まっさらな自分と対話をする。
昨日まで必要だった物は今日からは必要ないかもしれないからだ。
そして今はraw、生きている感覚と、
長い夜ではなく、早朝の喜びをしばし。
本当にいい野菜のそれを味わってしまったら、
もう火にかけることなど、手を加えることなど出来ない。
こんなに美味しい彼らに、余分な材料を付け足すことなど?
ちらちらと、
光を。