外国での暮らし 経験

新居 冬

02/04/2011

ひさしぶりに太陽の光を見る。
古くて小さな日当りのいい部屋を見つける。
南を向いた窓からは、小学校が見えて、夕方になると子供の声が聞こえる。
大きな公園に歩いていけるところも気に入って、
まだ雪がたっぷりと残る道路が光を反射して、眩しい。
長い間道に迷ったままだけれど、それもまた良い。
こだわりを捨てて、楽になってゆく。
台所の椅子に腰掛けて、ただ窓の外を眺めながら静かにしていたら、
新しい同居人が、”何考えてるんですか”と訊いて来た。
”何も考えてないです”と言った。
わたしは確かにそのとき何も考えてなく、それはそれは静かな時を楽しんでいたのだろうと思う。
”珍しいですね”と言われて、おどろく。
”nyには、てきぱきした人ばっかりじゃないですか、そうやってぼうっとしてる人、
あんまりみたことないです”
なるほど然り、わたしも、みたことがない。

わたしは小さい頃からそうだったし、

母親に、テレビもない部屋で長い時間一体何をしているのかと昔訊かれたときに、すごく困ったことを思い出した。
だって何もしていないんだもの。

背中に太陽の光を浴びながら、うつらうつら何もしないということが
わたしにとってはとても大事なことであるので、
これからも、そうやって生きていけたら幸せだなあとおもう。

好きなこととか、やりたいこととか、していることとか、
きかれることも多々あるが、とくにこの土地には目的のある人ばかり集まる。

今のところ、何もないというのが率直な答えであって、
嘘とか謙遜とかそういうのとも違い、ほんとうに
何もないなあとおもうのであった。

こんな明るい日に出会ったのは久しぶりで、ありがたい。
南の島に、また憧れて、季節的な落下を防ぐ方法などにも
意味はないのかもしれない。

巡ってゆくもの、移ってゆくもの、何事も、私が心配することはないのだ。
修行するには、よいところ、
そのうちまた、流れゆくだろう。

いまのところ、とても気に入った。
静かなあたらしいアパートと、新しい暮らし。

ゆっくりとまたつむいでいこう。

 

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