初夏のこれでもかというほどの爽やかな
朝の水色の空と澄んだ空気のなかで
わたしは抜け殻のような気分でいて
良きも悪きもない虚無感のなかを漂う
それはほんとうに楽しいこともなければ悲しいこともない
ひたすらカラっぽな感覚で
瞑想から帰ってからというもの、会う人々に
脱皮したようだね!と言われていたのだがふと思えば、
蝶が大きくはねを広げて羽ばたいてゆくその大切なプロセスのなかで
のこされた抜け殻のほうは
一体どこへ、そしてそれは誰だったのか?
そうおもうと、ああもしかしたら本当に、
もしも一皮剥けて新しい世界へ飛びたったのだとしても、
残った古い不要なその破れた空っぽの入れ物は
まぎれもなく蝶自身であって
その合間をゆらゆらとあてもなく感じていられるときが
また物質界から離れている心地のよさでもあった。
羽ばたき去った蝶を見送ったあとの、
抜け殻はどこに。