かぞく 外国での暮らし

父ひろし

07/26/2011

ニューヨークに住んで4年がたった頃

仕事をやめ、人生の転機とも言える、大学へ戻る選択を決め受験勉強をするにあたり、
わたしは両親を説得、は実際しておらず、両親へその旨を報告し、
そして経済的な援助を受けることになった。

 

わたしの家は、とてもお金持ちとはよべない普通の普通の家庭だ。
父親は公務員で、小さいころからぜいたくするわけでもなく、
かといってものすごい貧乏をするわけでもなく、質素に育てられ、
私と妹と共に大学まで出させてもらった。

 

 

もちろん今回の決断には、最初から両親に期待などしておらず、援助はできないと言われれば自分で稼いででも奨学金をもらってでも進学するつもりでいたので、
二つ返事で応援すると言ってくれた時は、真剣に涙がとまらなかった。
小さな頃からなにひとつ長続きせず、年頃になった娘が、外国でふらふらとしていることを許してもらっていることだけでもずっと感謝しつづけているが、どれほど理解があるんだろうと思いながら、今出来ることはただ努力することだと、私なりに真面目に勉強してきた。

 

今日両親に近況報告のメールをしたのは、走り続けてきて遂に伸び悩みスランプに陥るというここ数日を境に、今の学校の状況やこれからの予定、必要な書類や入試における条件などの説明や、アメリカの大学のシステムなどともかく詳細を送ったのだった。

 

勉強を始めたときは、続けられるかすら自信もなく何一つわからない状態から始めたのが、5ヶ月が経ち、英語のことだけではなく他にもわかったことがたくさんある。
専門の分野について調べていくうちに、最初の予定とずれた部分があり、学部の変更やそれにあたり大学が限られてくることや、カナダを含めたニューヨーク以外の場所も考慮に入れていること、そして、この先研究職につきたいと考えはじめたということを話さねばいけなかった。

 

私的には、自分の性格を考えれば、好きなことにひたすら没頭できるというその道は完璧にちかい理想の生き方だが、現実的に考えれば、さっさと学校を終えて働き、賞味期限が切れる前に結婚し子どもを産んでほしいのが全てに共通した親の願いであるに違いない。
もちろん私が結婚してこどもを産むという小さなころからの夢をあきらめた訳ではないが、それにしても30近くなって今から大学戻って研究したいとか言い出したら、
「え あんた一体なに寝ぼけたこと言ってんの」
といった具合に両親どころか妹からの突っ込みが聞こえてきそうなもんである。
しかし走りはじめた私は、この道がとても心地いいことを知ってしまったので、とりあえず体力が持つ限り、ゴールを決めずに走りたいと思い始めてしまったのだった。

 

わたしは丁寧に説明をした。今、勉強がとても楽しいこと、大学に入れたら出来るだけ残りたいこと、好きな分野を研究したいこと、現実的ではなくとも、目標ができたこと、先生になりたいこと、今の想いを全てひとつひとつ詳しく書いて、我ながら親不孝かなあと思いながら、一応母に向けて「結婚をあきらめたわけではありません」と書いたあと、胸が痛んだ。

アメリカの、いい大学は、高い。
実際わたしもまだぴんと来ていないのだが、ともかく日本のシステムとは違い、質のいい教育がきれいに学費と比例している。
出来る限り努力をして、わたしにとってのベストな環境で勉強できればいいなと考えているので、それは言い換えれば、わたしが賢くなった分だけお金がかかるということだ。

大学のシステムの説明をしたあとに最後、わたしは生徒としていい先生に会う中で何度も強く刺激を受けて、次第に先生になりたいと思うようになったと書いた。
思春期の頃から私は、父が市内の小中学校の教師であったことに強く嫌悪感を覚え、長い間コンプレックスを抱いていた。小さなころに「将来の夢」に迷い無く書いた「ずこうのせんせい」は、気づいたらその職業をほとんど軽蔑するまでになっていた。
それが、カエルの子はかえるとはまさにこのことだと言わんばかりに、こんな大きくなってからこの選択肢が出てくるとは驚きだ。
そして、
「スピーキングのパートで、与えられた質問について45秒述べるという練習で”尊敬する先生について述べよ”という課題が出たとき、おとうさんのことを話しました」
と照れくさいようなことを、素直に感謝の気持ちとしてメールの最後に書いて、送った。

 

出かけてきて数時間後、パソコンを開いてみると、父ひろしから返事が来ていた。
少しドキドキしながら、長々としたためたメールへの返事は一体どんなものだろうと
開いた。

 

 

 

 

 

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まいへ
なかなかいいじゃん! できるだけ援助するからがんばってね!
ところでたぶん8月22日から1週間くらい、お父さんだけニューヨークに行くかも?ひま?いそがしいならスケジュール合わせます。ジェニーたちにもよろしく!まだチケットかってないけど・・・
ポピちゃんは貧血で一度死にかけたけど、医者に通って持ち直し、いまはデブです。

 

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迷いましたが、そのまま、コピペして貼りました。
ノーカットでお届けしています。

 

 

 

 

…..ひろしよ…..娘が小一時間かけて現在の状況とこれからの進路の詳細と将来の展望を真面目に語り、そして軽く感動的な感謝の話を盛り込み、ここは
もう少しその温度感を考慮した返事などはできないのだろうか というか、普段ケッコウ父ひろしのメールに関しては淡白で『~~が必要なので連絡ください』とか『わかりました』とか意外と固い調子なのに、今回に限り何故それほどカジュアルというか若者風というか適当?なんだろう….しかも、
”……なかなかいいじゃん”??え、何が?わたしが真剣なこと?それとも進路について?
まったくわけがわからない上に、”ひま?”ってあんた、近所の友達じゃないんだから。しかも受験生で「いま一生懸命勉強しています」と送った娘に「ひま?」て。や、いいけどもさあ。。まあジェニーにはよろしく言うとして、(昨年末 友人のジェニーは日本ツアーでT家の家族旅行に参加した)ポピちゃんというのはわがやの可愛いアイドルのフェレットだけど
「いまはデブです。」それで締め?

ではがんばってね 父より とか、身体に気をつけて 父より、とかじゃなくて?
いまはデブです。?
終わり?

 

なんだかわからないが、日々思い悩んでいることが全て吹き飛ぶような
父ひろしからのこのメールに
わたしは感動さえ覚え そして
こころの底からT家のこの人の娘に生まれて良かった、と思うのでありました。

 

長くなりましたが、ここまでお読みいただきどうもありがとうございます。
これからも、ひろしを、父ひろしを、どうぞよろしくおねがいいたします。

 

 

 

 

 

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