あれはおそらくわたしが中学生か高校生になりたてのときだったとおもう
T家に あのネズミ色のでかいコンピュータという箱が 導入されたのは
その箱には何故か
リンゴのマークが ついていた
わたしの母は 小さい頃から
洋服とか靴とかアクセサリーはいっさい買い与えてくれない人だったが
リンゴのマークがついたコンピュータには 黙っていてもお金をだしてくれる
今もiPhone5の発売を待ちわびてやまぬ
そんなひとだった
それから数年経つごとに我が家にはカラフルなリンゴのマークがきたり
キューブと名のついたわたし専用のリンゴが追加されたり
美大へ進んだ妹の側にはいつも一番ハイテクな銀色のリンゴがいたり
更には父親が安いという理由だけでウィンドウズのラップトップを買ったとき
家族全員から”あいつマジ美術教師の資格ないよね(笑)”と非難される始末だったり
とにかくわたしたちの側には常にリンゴがいて
ハイテク機器の一番苦手な携帯電話すら持たぬような娘が
唯一 愛を持って 科学技術の恩恵にあずかり続けてこれたのは
まぎれもなく そのリンゴが あったからだと おもう
そういうひとは多いのではないだろうか
わたしはマックと共に育った
会社や学校でウィンドウズに触る機会はたくさんあったが
所有しようと考えたことは 一度もなかった
複雑な機能が何より苦手なわたしが
説明書をみずとも こどもがオモチャを触るように
そんな風にいつでも作られている優しさが シンプルさが
なにより好きだった
わたしは今 電車のなかで 公園で その薄っぺらい小さな銀色のリンゴを開き
いつでも頭のなかをそこにアクセスし 世界と繋がる
古い黒のリンゴは 上海にいたときから ずっとお世話になっている
その前の銀色のリンゴは 壊れてしまったとき あまりに愛着がありすぎて
中国のハイテク市場で売りに出したとき 泣いたのを覚えている
何年もの間起きるときも寝るときも一緒だったiPodも
時がかわるごとに クリップでいたり 半分の大きさになったり
いまもわたしはこの部屋に 5つのリンゴと一緒に
暮らす
これからもきっと
ずっとそうしていくだろうと
おもう
いつも同じことを発しているかもしれないが
今日出先のbreaking news で それをみたとき
それ、ほんとにbreakingだから….と口があんぐりなって
やっぱり
ひとは
突然死ぬ、と思った。
それは実は突然ではなくて
長い間忍び寄っているものの場合もあるだろうが
でもまたわたしは目を閉じて手を合わせ
いま自分がしている呼吸に
耳を澄ませた
いのちは平等だから
世界中にリンゴというギフトを残し
信じがたいほどの貢献をしたいのちであっても
先ほど部屋の片隅で息絶えていた2ミリの虫のいのちであっても
確かにそれは
巡ってゆく宇宙の一部にすぎない
わたしはまだ、かろうじて
生きている。
そして
わたしは歩いて行く。
死ぬそのときまで、
あなたの産んだ、
リンゴと共に。
2017-02-21
スティーブジョブスが亡くなったとき。