しぜん 外国での暮らし

そして季節は巡ってゆく

10/17/2011

やっぱり、季節は巡ってゆく。
どうして、季節という輩は、年に4回、もれなく私の肩を叩き
いつだって同じように通り過ぎてゆくのに、未だに飽きさせることなく
新しい気付きを次々と落としてゆくのだろうかと 思う

 

その
窓から見える色彩が 変わってゆくときに
ああ、 時が、 経っている と
当たり前には違いないのだが、わたし必ず歩みを一度止めて、
そして かすかな風の流れを もう一度確認するように
後ろを そっと 振り返る

 

この部屋にこしてきたとき 窓からの景色は
空の青 小学校の校舎の赤 裸の木々の暗い茶と そして
一面を覆い尽くす雪の 白だった

春が来て 私は 近所の木々が 芽を出す様を まじまじと見つめる時間を
多くとった 散歩に出かけては 木の枝の下で首をもたげ
その頼りなげな芽が3ミリから5ミリになるのを眺めては
いろいろなことを思った

 

いつ何時それが起こったのか 徐々にだったか一晩だったか
思い出せないのが残念なほど
わたしの部屋の目の前の木々は 気づいたら 青々と茂っていた
その頃には 窓の淵に バジルの鉢も置かれて
世界は一面 濃いブルーと白のコントラスト そして鮮やかな緑で埋めつくされて
ただ生々たる命が みずみずしく躍動している中
わたしも同じように その短い季節を 謳歌した

 

ーーーー
忙しさにかまけて 部屋にいる時間が減ったわたしは
遂に体調を崩し 窓の外など 空の高さなど 気づく余裕など
完全に見失っていたことに気づく

気温の変化は 同時に世界の厳しさも教えるもので
ニューヨークの冬に入る前のこの緊張感と いよいよやってくる過酷さは
今年で4度目
未だに 心の準備が いる

 

 

そして もう一度 窓の前に腰掛けて
大切なことを思い出そうとすると
いつも通りの見慣れたはずの窓からの色彩は
遂に 見たことの無い 黄金色で 埋め尽くされていた

 

わたしは 道路一面を覆い隠す落ち葉の前に立った
頬を伝う冷たい風と まだ温かさを残した太陽の光の狭間で
自分の心がどこにあるのか 探した
耳を澄まして 世界が奏でる音を 聴いた
雲は ものすごいスピードで 空の表面を 旅していた
ギターが弾かれる時の残響音が 頭の中で鳴っていた

 

わたしは 世界と 人々と つながって かかわって
色々な模様を描きながら生きている
しかしその模様の線をジリジリと引いているはずの自分が
いつのまにその絵柄のなかに埋もれてしまい
見えなくなることが ある

 

それを季節が引きずり出して
もとの位置にまで戻すことが
この度を含む そして毎度 行われる 作業なのでもある

 

「時間がかかりますね」
といつも言うことは、その半分は言い訳のようなものであったろうと思う
でも徐々に、それは真実だと気付くようになり
もう 言葉にすること自体 諦めて
ただ黙って 時間をかけて ゆくしかないのかもしれないと
今はわかり始めている

 

世界の速度と 人々との関わり のなかで見いだす 自分の歩幅というのは
実に 難しいものであるが でも そういうことを ないがしろにすることは
長い目で見た時に もっと 難しいから

 

わたしは今日も
人々からの言葉を参考にしながら
風の音と光の強さとそして心に触れる温度だけを頼りに
その 調和というものを
見つけてゆく

 

秋晴れの
ニューヨーク

 

彼が、世界が、今日も私を 待っている。

 

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