すきなもの 外国での暮らし

なぜなぜ病

11/01/2011

あいも変わらぬ、なぜなぜ病。

 

好奇心旺盛という楽しげな性格、一歩間違うと上記のような病名がつく。
病気が始まったのはおそらく物心がつく前だが
もうすこし若い頃は ”なぜ” その一心のせいで 体当たり人生を歩まざるを得なかった
外ヅラは一見落ち着いているように見える今日この頃 しかしふたを開けてみると
なぜなぜ病は年追うごとに、症状が悪化してゆくように見える
そしてこの度 同じ病気のニンゲンを伴侶に迎えたことにより
加速している・・・よ ね・・・

 

宗教とか哲学の概念に日々触れていることは
自ら頭痛の種をまき散らすようなものには違いない。
そして何故が何故を呼び、出口のない迷路の中で徹底的に悶々とするかわりに
ニンゲンの内がわに広がる無限な宇宙を相手として格闘するため
もはや最終的には(あきらめに近いような)ごまかしのきかない境地へとたどり着く
タナボタ的副産物の気づきは時々喜ばしい。

 

取り憑かれたように夜中に目を覚まして その奇妙な違和感の正体を暴こうとしたり
ふと ”宗教、哲学、思想・・・?”と 危険なキーワードが口から漏れると
私よりも更なる重病人が
”聞き捨てならない合い言葉が聞こえたような気がしたが・・・”
とすぐさま食いついてくる

 

なぜなぜ病の我々は 爽やかな朝ご飯の最中であろうと
デートで手を繋ぎ夜景を見ている時であろうと
寝る前の静かな時間であろうと
カップルが楽しげに過ごすはずの公園のベンチの上であろうと
こともあろうにピロートーク中であろうと完全お構いなしで
ひとたび始まった熱論は止まらない

 

昨日のよる、さあ出かけるといった時にふと本棚の前で座り込んだ二人
そのままタオイズム(道教)のタオはDで発音するかTで発音するかについて
必死になって討論して気づいたらものすごい時間が流れていたりする

 

 

知れば知るほど自分の無知は暴かれて

それというのは
ほんとうにほんとうで
もうそろそろ慣れてきましたけど、最初は
あまりの自分のオバカさに
がっかりしない日は本気で1日もありませんでした

 

さて今日も、なぜなぜ病の治療のために本を開き、文字と乱闘して、
いっそう増えつづける”なぜ”のその向こう側に更なる夢を見るのです。

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