夏が終わろうとしている。
変な、夏だった。
ひじょうに長くてくたびれてしまうような、慌ただしいスピードで
ついてゆくのに必死なだけで過ぎ去ったような、そんな数年ぶりの母国での夏。
いくつかわかったことがあり、そしていくつかはわからなくなり、
いつもどおり、多くを感じた夏だった。
いくつかわかったことのうちに、猫という動物が愛されている理由や、
やはりアジアの夏の過ごしにくさや、誰かと共に過ごす尊さや、
やはりイボの糸に限ることとか、モールスキンの紙質の変化や、
家族とは何かとか、岩手までの生き方とか、大切な友達の偉大な存在感や、
今は平成24年であることとか自分がこの人生に何を必要としているのかとか、
ともかくそういった普通のことたちを、
急行列車からの窓からの風景みたいにバタバタと見送ったのち
束の間のひとりの静けさと平穏を感じている。
来週には、約4ヶ月ぶりに、結局のところニューヨークという街に帰ることとなった。
自分がこしらえるささやかな食事や、pandraで垂れ流すジャズ、
チャイナタウンでの買い物やロウワーイースとのタイ料理や、
わたしが戻るのを喜んでくれる友人たちが恋しい、恋しい4ヶ月だった。
充電したというよりは、たくさん消耗した、充実した日本での夏。
すこし歩幅をゆるめ、道中に咲く花の匂いに気付くように
より多くがこの五感に入るよう
再度軌道修正をしていく
いつもが特別だったように
そしてまた特別な今
歩き続けてゆこう