猫が好きになった。
2012年の夏、その1
「猫が飼いたくて仕方ない病にかかりました」との返信に、妹曰く、
「その病は末期になると、建物と建物の間に目をやるようになるよ。」とのこと。
わたしの妹は、大学時代から東京に住みつづけてもう8年とか経っている。
その間何度も彼女の部屋に泊まりにいったけれど、わたしにとっての東京は、
いつまでたっても大都会すぎて、電車に乗る度に頭が混乱しするだけで毎回終わった。
唯一、彼女とその恋人の住む千歳烏山は、わたしにとって安心できる”東京”で、
商店街の続く庶民的な下町を歩くと 多少騒がしくても ほっとするきもちがした
ニューヨークはオシャレな街だと勘違いされていることがよくあるけど、
実際は表参道とか、神戸?とかのほうが100倍洗練されている。
妹からのメッセージの続き、
「健康的な小牧もいいけど、東京はださくて悲しい感じがいいよねと思ったよね。
ニューヨークもそうかもね。」
彼女の感じている東京が、わたしの感じているニューヨークと同じ。
街というのは、どこもそれぞれの色が濃く発色していて、
おもしろいものだ。
彼女は猫を、探している。
東京のちょっと悲しい感じの、所狭しと並んだ低い建物のあいだの、
隙間を今日もちらちら見ながら、パチンコやの隣の恋人と住む
アパートに、コンビニの袋をぶら下げて帰るのだ。