わたしはいつか、恋におち、
そして、運良くその人の恋人になった
そのあと時間を重ねるごとに
馴れて感謝のきもちを忘れて
思うようにいかないことばかりな気がして
それでもいろいろな流れのなかで
わたしは運良く、または運悪く、その人の妻になったのだけれど
わたしが想像した 愛情や結婚、家族というものは
あまりどこにも見当たらなくて
ひとりで空回りしているような気がするばかりだった
外国人としてこの国で暮らすにあたって必要な
査証のためだけに、
わたしと形だけでも夫婦になることを
選択してくれた彼の勇気を 彼の愛情を
もっとわたしは 尊重すべきだったのに
「この結婚に意味なんてないんだ」とハッキリと言われることは
頭で理解しているはずのことに対して
こころが全然ついていかなくて
時間が経てば、自然とほんものの夫婦になれる日が来るんだろうと
勝手な望みを託しながらも
彼との間の距離がどんどん広がっていくことに
怖れとか憎しみとか悲しみとか怒りとか
そんな感情に支配されるだけになって
あっという間に大切なことを見失った
そして 自分のシゴトに精一杯な彼は
忙しさを理由に
ますます私に見向きもしなくなって
わたしの寂しさは どんどん 募っていって
完全なるネガティブの環をグルグルしはじめた私は
いつか恋に落ちたときの気持ちや
やさしさや 愛情なんてものが
わたしたちの間に
ひとかけらも残っていないように、
見えたのだった
もがいてもがいて、
もうそろそろ、この手に無いものをひたすら追いかけて
過去や未来の存在しない幻想に繋がれたままの今を
解放してあげなくてはと
こんなに苦しい気持ちのままでいては
自分にとってだけでなくふたりにとって
絶対に良くないと思って
また一人で新しい人生を歩いているところを
いっしょうけんめい想像したりした
もし自分が今、まったく別の場所で、別の生活を始めて
誰かとまた恋に落ちて
今度こそ幸せな本物の結婚をするんだと思えば、
希望なんて無限だと思ったけれど
わたしは目を閉じて
そして何が大切だったかを思い出すように
いつか
ただ 彼の隣にいられるだけで
それだけで十分だと
そう感じていた瞬間を思い出してみることにした
すると
ふと
今この瞬間 もし記憶喪失になって
彼に会ったことも 彼と過ごしたことも
何もかも忘れてしまって 別の人生を歩けるとしたら
どうなるかなと 思って
想像してみたときに
ニューヨークの 街角か 地下鉄かどっかで
シャツをズボンに入れて背筋を伸ばした男が
日本語の 学術書を片手に
ずり落ちた眼鏡を
クイっと上げているところを
もし
見かけたらわたしは
彼と夫婦だったことも
彼に憎しみを抱いたことも
寂しさに押しつぶされたことも
何も知らずに
結局
また
同じひと、彼に、
やっぱり
一瞬で恋に落ちるだろうな と
すぐにわかった。
私は、ネガティブな感情に振り回されて
何も見えなくなっているだけで、
結局は 彼に恋していたときと
根本の気持ちは何も変わっていないんだろう。
結婚をふくむリレーションシップは、
ひとそれぞれまったく別の経験で
もしかしたら 新婚生活を心ゆくまで楽しんでいるカップルもいるだろうし
そうじゃないかもしれないし
色々だろうけど
わたしは わたしの経験している今この瞬間を通して
たくさんのことを学ぶだけ
文化や価値観の違いに
戸惑いながらも
でこぼこしたその路を 一生懸命押し均しながら
弱々しく、でも着実に歩いてゆく
きっと一年後とか
１０年後に
今向き合っていることなんて
笑い飛ばしていられるように。
恋人だったときにもらった
左薬指の華奢な指輪は ケンカの度に外していたのが
最近では身体の一部のように馴染んできて
彼の名字を名乗ることは
日常のひとこまとなり
中国語で何て書くかも
台湾人の先生につけてもらいった
ヨチヨチ歩きの旅は、続く
バナナの切り口が空気に触れて ちょっと色が変わったところを
見えないようにして朝食に出したら
向こうから舌打ちが聞こえ
ちゃんとイチイチひっくり裏返し、よけられていたのを見て
そんなくらい気付かずに食べろっっっ
つうか気付いても食えっっっっ
このド神経質男めっっっっっっ
と（心の中で）暴言を吐きつつ、
彼の目の前で嫌味ったらしく
その端っこバナナを口に入れ
もぐもぐゴックンする
そんなくだらない憤りを日々消化しながら
そう、
旅は続くのです。
