バーモントの賑やかさから、ニューヨークへの静けさへと戻る。
視界にはいる風景の90パーセントがグリーンだったのが、
人やビルや看板に埋め尽くされるシティの風景が徐々に増えてきたあたりで
車酔いも手伝ってウッと吐き気がするおもいがした。
こんな場所で、当たり前のように毎日暮らしていたんだと思うと、
この身体の器官のあちこちを文字通り麻痺させながら
ひとは様々な環境に順応してゆくのだろうと恐ろしいおもいがする。
地下鉄の公害並みの騒音はいつも通り、地下鉄の中で今日の夕飯代をせがんでくる
歯の抜けた老婆、エレベーターをまるごと一台占領する車いすにのっている女性は
わたしが4人分はあるだろうという身体を、自らの力では動かせなくなって
その電動車で移動していた。
わたしの暮らしたニューヨークは、
洗練されていて、そして野暮ったく、薄汚れていてそして
いつもほっとするその雑多な違う色の肌が混じり合う場所
バーモントは、暖かな家族がいて、朝と夜は月明かりにしっかりと照らされて
そして山の連なる空との境が浮かび上がる場所
車のおとも 工事のおとも サイレンも 聞こえぬかわりに
虫が羽をすりあわせる音と 鳥のさえずりがBGM
騒がしいニューヨークとは、対極にある、静かな場所。
慣れ親しんだ風景、ニューヨークに 戻って
バーモントでサヨナラをして、そして次はこの場所すらも
これでいよいよ最後なのだと思ったら
心はまたぐっとクライマックスに向けて
奥のほうに静まり落ちて
この二週間過ごしたバーモントでの自分の状態から
ゆっくりと目を覚ますように
地下鉄の駅を早足で行き来する人の流れを眺めた
いつもの駅で降りて歩く
いつものビルで迎えてくれる見なれた顔のドアマンが手を振る
いつものエレベーターで2Fのボタンを押して
いつもの暗くなってきた夕方の廊下のひんやりしたタイルの上に
小さなスーツケースを転がして
鍵を開ける
ドアをゆっくりと開けて
いつもと同じ匂いがして
そして荷物をおいて
バスルームの白いシンクは、わたしを優しく包み込むように
やっぱり白くてわたしは目を閉じる
いつも通り左にひねって流れる冷たいニューヨークの水を
いつものグラスについで
この身体に流し込む
それは
もう
普段暮らしていてはきっとわざわざ頭をよぎることは
ありえないほど
呼吸をしているのと同じような
身体全体で覚え切っている感覚で
わたしはそれをあと何度できるか
そのほっとする安心が
どんな騒音にまみれたゴミの落ちたニューヨークでも
自分の慣れた場所に帰るということなんだろうと
何もかも
ひとつひとつ確かめるようにして
いすに腰掛けた
見なれたキャンパスの周りを行き交う顔ぶれや
毎日行く120ストリートの角の小さなスーパー
小銭をポケットに入れて
その交差点を渡る時
店のガラスに写った自分の姿をみて
わたしはとても、満足だった。
こんなにも、
人で溢れているのに、
ずっと、孤独な場所、私のニューヨーク。
バーモントは、朝起きると子供の声が聞こえて
そのコミュニティで暮らす人々が
キラキラの汗を流しながら
働いて 笑って 歌って
美味しいものを囲んで
毎日、
すごした
わたしは、ニューヨークが、
本当に好きだと思うけれど、
でも、
もう、
ひとりは十分だ。
この先いつか、またニューヨークが暮らす日などが
やってくるとしたら
自分の愛する家族と一緒がいい。
また、いつもの、
キャベツのアーリオオーリオを
細いスパゲティに絡めて
手を合わせて
いただきます
と
美味しく、食べて、
バーモントで毎日採れたてをすぐに食べた野菜のことを思った。
今日は、スーパーで、買ってきた、キャベツだ。
そして
ごちそうさま
とまた
てをあわせたとき
ああ、
本当に、人の温もりというのは
とてつもないパワフルなエネルギーなのだろうと
こころから
数時間前まで横にいた
愛情溢れるひとびとを
恋しく思う
いつか
わたしは
いつもひとりが好きだった
ひとりでカフェでお茶をして
ひとりでレストランで食事をして
ひとりで静かで気ままな暮らしが
とても心地がよくて
それは紛れもなく
あるひとつのしあわせの形だったけれど
いまはもう
その感覚は
どこかはるかかなたへと
行ってしまって
家族がさわがしく隣にいるそのまんなかで
自分の中心にいながら
静けさを感じる
そういう静けさを
孤独とは呼ばないし
わたしはこれからは
いつまでも、そんなふうにして生きて行きたいと
そう おもう
のこり3日、
最後は、銀行にいったり色んな手続きもあって
感傷に浸る間もない現実的なさぎょうをすることは
いよいよ旅の終わりを意味して
むしろ胸がきゅっと苦しくなるけれど
新しいステージはもう
始まっている
おくれて物質的なところを
その新しい場所へ送り込むまで
あと
すこし
さいごまで、
いつもと変わらぬ、
そういう日常を
過ごして
帰る。
帰るのは、
自分の生まれ育った、
その国。