ひさかたぶりに、夜普通の時間にねむって、早い朝に、めざめる。
基礎体温表に記された日々の記録によると、1/12日に
「長い期間目をさました瞬間
とにかく憂鬱でしかたなかったのが、突如不思議な穏やかさに包まれていた」
とあった。
その次の日の記録には、
「今日朝目を覚ますと、部屋が光に包まれていて、
「愛している」感覚が強かった。
ものすごいエネルギーであった。
「愛」しているよ、と呟いた。
誰かを愛することは、誰かを幸せにするために必要であるまえに、
自分のために、そうするのだと、いまかたちのない関係に対して
深い愛情を感じられたことは素晴らしいことだった。
だいじな感覚を、いつぶりかに、おもいだしたのだ。」
とあった。
どうひっくり返っても、暴力的な苦しさに苛まれ続けていたわたしが、
その裏側に存在したかもしれない穏やかな愛情を感じるに必要な燃料は、
ゼロどころかメーターは大幅にマイナス方向に振れていた。
もうこれ以上傷つかないように、
信じることを絶対にしてはいけないと
「愛する」ことも「愛される」ことも辞めて、
正気を保つので精一杯だった。
ところがある人に、
「どんな形であれ、彼はまいちゃんのことを愛していたんだよ」と
言われたことで、
本来はそこにあったはずの優しさが、
朝目を覚ましたときの私に、降り注いだのだとおもう。
ー
今朝は、古いどこかの外国の町並みで、
友人とすばらしい音楽を巡るツアーに出かけたあと
修学旅行で泊まるみたいな
寂れて辛気くさい旅館の畳の一室で、
床に直に置かれた小さな仏壇の
扉が閉まっていた辺りで夢から目を覚ます。
ー
絶対に感情的になるとわかっていた6ヶ月目の検診。
辛い経験をひとりで耐え忍ぶことへの怖れではなく
誰かとどうしても共有したいとても特別な喜びを、
その「誰か」に伝えられない悲しみに
圧倒されてしまうだろうという予想そのままに
病院の帰り、喜びの上に何十も別の色を塗りたくったかのような涙は溢れた。
つぎからつぎへとわき出るおもいを昇華させるように
遠くの友人たちにメールして、妹に「甥っ子です」と報せ、
誰かの顔をどうしても直接みたくて普段足を運ぶことなど
滅多にない従姉妹の家のチャイムを変な時間に押して、
苦手なはずの電話をダイヤルして、
お腹にやってきた小さな男友達と、
誰に対してというわけでもなく、
「愛してるよ」と
何度もつぶやいた。
家路について、母に「男の子だったよ」と言い、
眠っている猫に、「弟が来るよ」と言った。
ー
しばらく前から腹のなかでうごめくようになった生物は、
まだ、「愛すべき我が子」というよりは
文字通り腹の中で蠢くイチ生物に変わりなかったが、
少なくとも話し相手ができたことに
そして正体が徐々に明らかになってきたこと
順調に成長を遂げていることは
とてもとても
うれしい事実だ
人間がこの世に生まれ出ずるとき
神が天から創りだしたわけでもなく
パックされた出所不明の卵からでもなく
全ての人間が
誰かまったく別の人間の腹の中で
栄養を食尽す勢いで成長し
そしてこの世のなかでも最も純粋な存在のひとつとして
生を授かるというのは
未だに、不思議だ。
半年たち、ようやく「妊娠している」自分に
慣れてきて、トイレに行ったときに
時々
そういえば生理の血を久しく見ていないなあと思う
「性」を、様々な角度から、
余すところなく噛みしめる。
今のわたしにできること、
それだけを
していこう。
なにごとも、なにごとも。