Getteが、死んだ。
命は、有限なのだ。
深夜にバーモントから届いたメッセージに、しばらく身動きがとれなくなる。
Getteは、母だった。
わたしが、アメリカに渡るきっかけとなり、アメリカを最後立ち去るときまで
ずっと”理由”であり続けてくれた、Levis一家の、
そう、花冠だった。
11月の末に、レヴィス家次男のマックスから、”ジェットが病気なんだ。怖いよ。”
と連絡があった後、音沙汰はなく、
度々長女や次女がFBにジェットの元気そうな写真をあげていた。
クリスマスも、年末年始も、ジェットは笑っていて、
わたしは、病気はきっと、よくなったのだ、
よかった、
とおもっていた。
Levis一家は、とくべつなのだ。
ほかのひとにはどうかは知らないが、
わたしにとっては、自分のほんとうの日本のhomeよりも、homeであった場所で、
いつでも、さいごに、かえることができる、
そんな、場所。
そこに、いつも、いたGetteは、次に行ったら、
もう、いないのだ。
あした、飛行機にのって、さいごにジェットにさようならを言いにいったほうがいいのか、
わからなくて、ポケットのなかのLeeさんに電話をかけようとおもっていた。
Leeさんとはなすときは、わたしは一番じぶんがじぶんにもどれて、
そして見えるような気がするのだ。
はらの、命は、動いている。
ちょうど、袋に水がはいって、そのなかを泳いでいるさかなが
プルリと手に触れるような
そういう動き
Getteは、
もういない。
ジェットがいて、パプーがいて、
そしてわたしが本当の兄妹みたいに慕っている
ひとたちが存在する。
I keep praying and sending love to the amazing mother, Georgette.