電気とかガスとかが日常の現代に生まれ落ちて31年。
まもなく、小さな次世代が同じく生まれ落ちようとしている。
そんな瞬間に、わたしは「火」と共に生きるという体験をしている。
朝5時に起きて、ぐっと冷え込んだ秋冬の5月、ニュージーランド。
まずは、「火」を起こすことから、全てがはじまる。
湯を沸かすも、身体をあたためるも、おおむかし、ひとは、「火」でおこなっていた。
そんなあたりまえのことを、実際に、体感する日々
「火」と共に暮らすということは、とても神聖で、とても厳しく、
そして、
あたたかい。
暖炉に入れる木々を運び入れるために、ドアを開けて
目鼻をツンとさすような冷気をくぐって空をみあげると、
静まり返った闇の世界のなかに、わたしと、おなかに生きるあたらしい命の
たったふたりきりで
その美しい世界を独占しているように
星は輝いている
とても澄んだこころで
あたたかな「火」の前に戻ると
とおく離れた春から初夏へ向かおうとしている
日本の八王子から
同じ温度感の
それはそれはもう澄みきった
メッセージがとどいていた
世界はほんとうに
どこまでわたしたちに
うつくしさを
みせつけてくれるんだろう
きっと無限
いまこのばしょで 数多くのことを学ぶなかでも
「火」
それはそれは
このおおいなる自然からの
めぐみそのもの
「火」と共に暮らすということは、とても神聖で、そても厳しく、
そして、
ほんとうに、あたたかい。
いのちへと
ぐっとぐっと
ちかづいてゆく。
すてきな5月の終わりを。