いのち かぞく 子育て

コピペ済2014年11月(いつから)

11/29/2014

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たとえば、わたしたちは、いつから、笑えるようになったのだろうか。

すべての母親にとってそうであるように、わたしもまた、
いままで自分のなかにあった「あたりまえ」が
根底からくずされてゆく毎日を送っている。

 

たとえば、わたしは、にんげんというものは、嬉しければ自然と笑みがこぼれるし、
眠くなれば勝手に眠ると、そう、
思い込んでいた。

でも、実際は、産まれたばかりのそのいきものは、
一ヶ月や二ヶ月の間は、「ほほえむ」ことなど、
知らなかった。

そして、「眠る」という作業は、実はとても難しいスキルがいることなのだと、
彼らを見て
わたしは知った。

 

疲れても、眠くなっても、そのことと、「眠る」ことはまったく別で、
夢のせかいへと旅立つには、
ときに、とても高度な訓練をつまなければいけないのだ。

 

できるだけ既成概念にとらわれずに生きていけたらと、曇りのない目で
世界を眺めようと努めてきた自分が、
いかに「思い込み」の世界に住んでいたかを知らしめられる

「当たり前」など存在しないのだ、と。

 

「あ」と言おうと思い、「あ」と声を出す。

それは、じつは、決して、簡単なことではないのだ。

 

彼はいま、「あ」と喉を振るわせることと、じっと口を閉じた状態から
ぱっとその小さな唇を開く
そのタイミングを合わせる、練習をしている。

ときどき、口をぱっと開けたときに、「ば」と音を出すことができたり、
ときどき、口をぱっと開けたときに、空振りして空気だけが漏れる。

 

人間の進化がわたしに教えてくれること。

 

それは、わたしという人間の視野を、きっと
ひとまわりもふたまわりも広げてくれて、

塀に囲まれた一階の小さな窓から覗く景色と
20階の展望台から見下ろす眺望くらいの、
違い。

 

あしたは、なにが、
できるようになるのだろう。

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