08-28-2006
じじばば、ちちとはは、まいの5人でいった先は長野県。
ボケたじいさんが、昼神温泉が好きだから行くことになったそうだ。
父方のじいさんは私が物心つくまえに死んでしまって居ないので
今回のじじばばは、ははのちちははということになる。
なんてことはない、ただの一泊二日の家族温泉旅行。
若者の姿なんてひとりも見ないし、
そこに広がるはひたすら豆と味噌と
畳の匂い。
わたしは母方の実家が嫌いだが、昔からじいさんだけは何故か好きで、
小さい頃から別々に住んでいるのでそう大した思い出もないのだけれど、
じいさんと過ごす時間だけはいつだって心地のよい空気感だった。
じいさんは余命一ヶ月宣告を受けてから早5年は生きている。
たくさん旅行に連れ回されるようになったのも、たぶんその時からだ。
家族というのは
最後の思いでを作りたがるものだ。
じいさんはどこにいくのも帽子をかぶる。きっと、おしゃれさんなのだ。
じいさんに、「おじいちゃんはどうして昼神が好きなの?」と聞くと
「好きじゃあらすか。(名古屋弁で”好きなもんか”の意)」と答えた。
すきじゃないのか?
たぶんじいさんが来たいって 言ったから、今、
皆ここにいるんだとおもうんだけど・・。
じいさんは店の人や温泉で隣につかった人とかに
必ず話しかける。
じいさんにはたぶんルールがない。
若い頃からきっとそうだ。
夜、温泉の近くで花火大会があったので、
みんなで行こうとしたのだけれど私は面倒くさくなって
行きたくないな、と密かに思っていたら、
じいさんが部屋で待っているといったので
「わたしも行かない」といった。
みんなは花火に出かけ、じいさんは風呂に行くと出て行き、
わたしは持参したヨガマットを畳の上に敷き仰向けになった。
いつまでたってもじいさんは帰ってこないので、
迷子になってるなと思ったら、
ばたんとドアが開いたのではっとして玄関に行くと
知らないおばさんがいた。
「583じゃなかったかしら!」と言うので
「ここは4階ですよ。」と教えてあげた。
案の定、花火帰りの皆に発見、そして捕獲、連行されたじいさん。
ロビーで新聞を読んでいたらしい。
じいさんはぼけている。
ガリガリに痩せて、昔みたいな貫禄はない。
じいさんは動物をかわいがるようなひとではないけど、
いとこの家から来た黒い汚い猫だけは 溺愛している。
「オレにだけなついている」と自慢をする。
じいさんは私に輪ゴムの鉄砲をあてる。
いたずら好きなのだ。
出発する頃に、ロビーで早々と皆を待つじいさんを追って
私は横に座った。
じいさんが、「珈琲飲むか。」と言った。
「おじいちゃんは?」ときくと
「おれはもうさっきのんだ」と言った。
一杯480円の珈琲がわたしのまえに運ばれてくると、
じいさんはこ小さな声で、「高い珈琲だな」と言った。
じいさんは毎朝8時にかかさず、近所の喫茶店に行くようだった。
車は高原を駆け抜け、 駒ヶ根の光前寺というところで
光る苔と早太郎という柴犬をみて、
駒ヶ根高原の美術館にいって、そばやでそばをたべた。
うまれてはじめてままたびも食べた。すごかった。
そしてパーキングエリアでおみやげを買って、
じいさんばあさんを、じいさんばあさんの家に下ろして 家に帰った。
なんてことはない、一泊二日の温泉旅行。
わたしはずっと、じいさんの隣を歩いた。
そして、じいさんが感じていた空気とわたしが感じていた空気はきっと
同じだ。
天真爛漫に80余年を駆け抜けてきたじいさんは、
わたしととても、言葉にならないところで
しっかりとつながっている。
じいさんは、変わらず元気である。
いつまでか、きっと元気で、
いつの日かころっと死ぬんだろう。
わたしはじいさんと、モーニングに行く約束と
指切りをした。
Néné B.C.
<10年前の日記より>
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