いろいろ、おもうことはあって、
はげしい不安とかくごのようなものをようやく決めて、
そのひとに「会いたいです」とほぼ3年越しに伝える。
それはかなわないかもしれないし、かなうかもしれないけれど、
まずは、じっと黙ったままときばかりが過ぎるのだけは
やめようと思って
自分なりに、一歩前にふみだしたことだけは、とても
日々の鬱蒼したじかんを一掃して風通しがよくなった。
しかし、素直になるとか、そのままつたえるということは実にむずかしく、
結局わたしは出会ったときとまったく同じように、
そのひとにとても嫌味でとても意地悪で、ひねくれた言い方しかできなくて、
とてもがっかりした。
でも、背伸びしつづけたり、卑屈になりすぎたり、
ぜんぶのとり繕いをなくしてみると、
やっぱりひとことも言葉がでてこない。
お久しぶりです。今わたしは、こんな風に仕事をしています
とか、今わたしは、こんなことを日々感じながら、生きてます
とか、
もしかしたら、ご無沙汰しています。とていねいに、
3年間自分がどんな風に過ごしていたのかを
書いたほうが良かったのだろうか?
とはたしかに思ったものだ。
でも、それはやはり、どうしてもばかげているような気がした。
つたえなければわからないとか、
言わなければつたわらないとか、
思っていることはことばにするとか、
そういうものが、全く機能しない場所。
それが、わたしにとってのそのひとだとそうおもうから。
とても、いやな顔をするのを、
とってみたら、一体そこにはなにが残るんだろう?
ニコニコわらって、恋に落ちたように、
「すきすきだいすき」
とおもうことが、いつかおこりうるのだろうか?
なんだかずっと、仏頂面で
「いえ、大丈夫です」
といいつづけるところしか、おもいうかばない。
こんな想いを体験することを、
ただいま楽しんでいる。
もともと何がほしいとか、
手に入れたいとか、
どうしてほしいはなかったから、
いまもまた、きっと
交わることができずに次の季節を迎えても
わたしはたぶん、
そのひとへの想いについて、潔白の、まっしろでいつづけるだけだから。
No Comments