しぜん すきなもの

石を、ひろう

10/18/2018

 

 

あるクリスマスのこと。

 

アメリカから、「石」が送られてきた。

 

「石」を贈るという感覚をもつ大人が、
一体どれくらいいるのだろうかとまず想った。

保育園で、公園にいった息子が拾ったどんぐりを
先生が袋に入れて、「これたおくんが拾ったどんぐりです」と言って渡してくれたことがあった。

そのときは気にもとめなかったが、
アメリカからはるばる海を渡ってきたメノウは
そのどんぐりを健気に拾う息子の姿を私に思い出させ、

そのまま、北米の乾いた心地よくて爽やかな夏の太陽の下
娘たちと一緒に湖に反射するキラキラした水辺を
文字通り這いつくばっているAの姿が浮かんだ。

 

 

膨大な石ころの中から
きれいなメノウを、探して
拾う

それほど、ニネなアクティビティがあるだろうか。
それほど、丁寧に今にある行為が、あるだろうか?

 

その様子を思い浮かべただけで
わたしはことばにならない感覚で胸がいっぱいになって
それは寂しくて、心細くて、冷たくて
たまらなかった私の夜を

やさしく、寧々に、
まるごと包んだ。

 

 

 

目先の業務に気をとられすぎて
しごとの先っぽにばかり目がいっていた私は

 

好きな人の温もりを追いかけすぎて
その無くなった感覚を麻痺させるように
仕事に逃げていて

本来自分が伝えたいはずの本質であるとか
ニネのコンセプトに自分がどんな想いを込めていたかを
もういちど思い出したような気がした。

 

 

 


もうひとつの包みを開けると
そこにはとても丁寧に作り込まれたような
小さなちいさな木の箱と
きれいなブルーと、薄いピンクの
ハート型の石が入っていた。

 

それは
”オシャレなものが全くない”という彼女の言葉とは裏腹に

こんなに”オシャレ”なプレゼントが他に、
この世に、
存在するのだろうか?

と思うほど可愛かった。

 

私のハートをめいっぱいに震わせて
わたしはそれを両手にぎゅうっと胸に抱いて

もう逢えぬ、恋人と自分の代わりに
ブルーのハートとピンクのハートが

小さく箱に収まるところを

 

大切に

大切に

見届けて

そのままその小さな箱をベッドに持ち込んで
握りしめるようにして

寂しい夜を明かした。

 

 

 

1日経った朝に

割れた瓶を
プチプチのなかから丁寧にお皿にあけて

光の下にかざすと

それは彼女のメッセージカードに書いてあったとおり、
本当に綺麗だった。

 

まずは怪我をしないように振り分けなければとおもって
気をつけた瞬間に、
プチプチのなかに入っていた破片で
指を切った。

じわっと指の腹から血がにじんで、その、行為ひとつひとつが

お皿に開けることも
そのあと石だけとり分けることも
水で洗い流して破片ととりのぞくことも

どれもが、すべて、

優しい光のなかで
わたしを「今」に戻していくみたいだった。

 

 

 

こういうプレゼントを贈れる人間でありたいなと思う。

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