外国での暮らし

フードコートとは呼ばないけれど。

02/17/2019

いわゆるスーパーのフードコートというか、カフェとかというよりも

もうすこし、セルフサービス的な空間がとても気楽で好きで、

そこがたまたま所帯染みてなかったりすると、何時間でもその場所にいたくなる。

 

こぎれいで整ったカフェでも、すてきなレストランでも、ホテルのティーラウンジでもなく、

かといって、学生食堂や病院の食堂のような色気のない場所ではダメで、

ひとの温もりと手入れされている生きたエネルギーが流れている空間。

それでいて、誰がそこにいるのか、一切の管理の外にあるような

そんな場所。

 

 

日本でそういう場所は、ほとんど思いつかないけれど、ときどきある。

裏山の大学の、人気のない図書館はそんな場所だけど、

飲食禁止では本当は話にならなくて、なぜならノートやコンピュータをひらいて

何時間も延々と座っているときに、のみものや菓子の相棒はなくてはならない存在だからだ。

 

 

できればそこに、小腹がすいたり喉がかわいたら買いに行ける質のいい

食料品が売っているといい。

でも、自分が家から持ってきた、コアラのマーチを開けて食べても、

誰にも気づかれない場所。

 

 

 

ニューヨークにはそういう場所がやまほどあった。

たとえばWhole Foods Marketというスーパーにかならずついている

フードコートは、上記の条件を全て満たす最高の場所で、

それでも、ハブ駅で乗り換え可能な場所にあるような店舗のフードコートは

いつも人でごったがえしており、煩く、狭く、地下にあったりして

あまり風とおしがいいとは言えなかったが、(とくにコロンバスサークル)

それでもその場所は非常にエネルギーの高い、ひとが生きている場所だった。

 

 

わたしがちなみにお気に入りだったのは、ロウワーイーストサイドにある

チャイナタウンの端っこの、ホールフーズの2階で、大きな通りに面した公園で

中国人の若者とか子供がボールで遊んでいたり、中国人のおじさんが、今日の仕入れを抱えて道をあるいているのをよくそこから眺めた。

全面ガラス張りで二回から眺めるマンハッタンの景色は、いつどこにいても延々と飽きずに

わたしを無限の自由な世界にいざなう気がした。

 

 

あとニューヨークで暮らし始めたころによく行ったのは、ユニオンスクエアにあるホールフーズで、ここは小ぶりで小さいスペースだったけど、その地域もまた、目の前はおおきな広場になっていて、二回から眺める景色はとても小気味いい世界が動く感覚で、そういえば一回会ったピアノの男に出会って知り合ったのも、そこだったっけ。

 

 

ニューヨークを旅立つ前に住んでいた、マンハッタンの上のほうにあって家から歩いてすぐ行けたジョーは、よく、旦那さんが仕事帰りに待ちあわせしたり、喧嘩したらそこでずっと延々過ごす場所になっていて、そこも同じように通りの角の二階にあって、とっても見晴らしがよくて

ほとんどの客が、大学の関係者だったから、学生か先生か、がほとのどのその空間もまた

いつもわたしをふかく安心させた。

コロンビアのノースウェストの角にあるそのビルが、大好きだった。

たいてい喧嘩をして、しばらく時間がたち、

「ジョーにいる」

とふてくされたメールを送るわたしに

 

「またジョー!?」と返事があったり、

ジョーで毎回頼むアールグレーの「Earl Gray」の発音が一向に定まらず、何度も聞き返されることが、発音矯正に命をかけていたわたしのプライドをささやかにズタズタにしたのもその場所だった。

 

わたしはフードコートがすきだし、よいのみものやよい食料が置いてある場所がすきだ。

よい空間にはたくさんおかねを払うし、よい時間にもたくさんお金を払う。

そこには価値があって、フードコートというのは

誰もがその場所で「なにものでもないもの」になることができる、

時空を超えた、不思議な場所なのだ。

 

 

 

 

 

 

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