中山公園の駅に、彼がわざわざ出向いたのはその一回と、あとは一回だけ酔っ払って部屋に入った勢いで短いセックスをしたそのたった2回だった。
なんで1回目にわざわざそこに来たのかはあんまり覚えてないんだけど、多分長い上海暮らしで色んな景色を見てきた後に、ふらりと女が自分を追いかけてきたみたいにして住んだから、どんな場所に住んでるのかを確かめに来たのかもしれない。
もうはるか昔のことなので、とってもうる覚えなんだけど、確か彼は私がアパートの部屋から降りてくるのをスターバックスで待っていた。
どこにスターバックスがあったのか謎だけど、比較的大きめの駅を降りたすぐにはカルフールというスーパーがあって、わたしはいつもそこで買い物をした。特にビスケット売り場によくしゃがみ込んで、延々とどの中国製のビスケットが美味しいのかを物色した。特に気に入ってたのは、レモンクリームがクラッカーにサンドイッチされたやつで、4足す1みたいなダサい名前がついてるとこもお気に入りだった。
ところでわたしがそのスターバックスに降りていった時、彼は死ぬほど不機嫌だった。元々なんやらかんやらで怒っている人だったけど、確かわたしが来るのが遅くてその日は怒っていて、
わたしは多分、わざと遅れていったのだよね。普段は常に、彼の方に主導権があって、わたしはついいうことをなんでも聞くほうだったから、多分その日
なんでか彼の方から待ち合わせに来てくれたことが嬉しくて、多少の優越感みたいなものを味わいたかったんだと思う。
だから行った瞬間に頭ごなしに不機嫌をぶつけられて、「なんで遅いの?」みたいに言われたとき、若かったわたしは本気でキョトンとして、そもそも実はすこし意図的にやってたことにも気づいていなかったもので。
彼は多分、わたしのそういう幼いとこにも気づいてて、若くて綺麗ってだけで偉いみたいな幻想から目を覚まさせたかったんだと思うんだけどね。
しかし理不尽でワガママな態度も、10年ごしくらいに日本で再会したときに、おんなじように扱われてわたしは普通に憤慨した。
憤慨したっていうか、その後時間をかけて成長していたわたしだったものだから、男の人から丁寧に扱われることも当たり前になっていたし、自分もまたワザと遅刻するようなことをするほどバカじゃ無くなってて、
酔っ払って無理やり人前でキスされそうになった瞬間に、どこまでも自分を舐め腐っていたのだなと思った。
ちなみに中山公園てとこに住むことにした理由だけど、名前に公園がついてるとなんか緑が多そうでいいじゃない。
それでカルフールってのはフランスのスーパーなんだけどね。直前までフランスにしばらく住んでたわたしは、そのスーパーがあることが決め手だったってこと。
初めて覚えた中国語は、
「カルフール中山公園店」
なんだけど、今もし中山公園で彼と待ち合わせすることがあったら、時間通りに行くかは別として
わたしは多分、
「とりあえず、謝って」と言うかもしれないなァ。ほんとはエレベーターの時に思いきりビンタしてやれば良かったと思ってるから。
No Comments