20年ちかく前に、すきだった男の子がいて、すごく正確に言うと、ほんとうに好きだったのかはわからないが、わたしはセックスに勤しんだ。
そして一度別れて、そのあとで、6年くらい経ったあとになんの因果かもういちどつきあったときに、わたしは彼のことが好きではなくて、どちらかというと嫌悪感に満ちていた。
ただ激しく嫌な感覚が、どこから来ているのかを知るために一度近くでそれを見ようと思ったようなものだった。
それからすぐ別れ、時が経ち、ところが切れたはずの縁は、まったく別の場所で延々と同じ顔を見せた。
それはカルマとよぶにふさわしいくらいの、気持ち悪い腐れ縁というか、断ち切っても断ち切っても気づいたら目の前に現れるような、鎖だった。
それが今回やっと終わりを感じさせるようなきもちになったのは、あたらしく好きになったひとが、その昔の彼と驚くくらいに共通点を持ち合わせていたことだった。
最初にそれは、きづかなくて、半年以上経ってさいごにそれがパチンと断ち切られたあとに、ゆっくりと浮かび上がってきた理解だった。
そのときは全然きづかなかったのだけど、終わってみるとわたしは、なにかを知ろうとしていたことに気づいた。
そこには、暴力があり、真実を覆い隠す何かがあり、耽溺があり、癒されていない膿んだ傷を孕んでいて、それが隠れていることを、わたしは恐れているようだった。
なにか、よくないものが隠れていることをわたしは多分、最初から知っていたのだ。
わたしは何をしたかったのか、まだ最後まではよくわからないのだけど、ただ、全てを昇華させて見送るために最後の恋は起こったと思う。
20年来のそれと、それにまつわる全ての人間の醜さや、それを通して自分が見た光景も含めて起こった意味みたいなものとか。
自分を中心に、なにかよくないものが磁石に寄る砂鉄のように蠢いて、そして直接自分を害するのではなく、わたしを餌にして人々が傷つけあい、汚しあい、罵り合う姿。
なぜかそれは繰り返されて、わたしはその意味を探した。
なぜわたしが餌でなければいけないのかが、いつもよくわからなかった。
鍵となる男はそのカルマの上に3人いて、ひとりは最初に書いた通りきっかけになった人間で、ひとりはわたしを間接的に救いにきた人間で、そして最後は、それを終わらせるために来てくれて、わたしはその人を愛した。
ひもとくまでのカルマは、大抵とても口にできるような気楽さはないのだけど、終わりに近づくにつれて、ああそういうことだったのかな、と思えるような偶然みたいな必然に、満ちている。
きょうもどこかで糸が解けてそしてまた、
どこかで糸がもつれて
それは、きっと、ずっと、つづく。
わたしはもう、二度と糸を結ぶことはしない。
そのかわりこの人生で解けるだけの糸を、解く。
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