この場所で、やりのこしたことは、ないだろうか?
無い。
そんなものは、いつだって、無い。
今この瞬間にわたしは死んでも後悔のない生き方をしてきたし、それはきっとこれからも変わらない。
自分の人生が、始まった場所だった。
言葉にし尽くせないほどの絶望を、味わい尽くした場所だった。
なんどもなんども生まれ変わった場所だった。
静かに、自分の命を断つことを決めた場所だった。
たくさんの人に、迷惑をかけ、助けられ、支えられ愛を注がれた場所だった。
たったひとりの家族、タオとの日々。
本当の愛がどんなものなのかを、知った場所だった。
なにもかもが、ここで始まった。
最後の最後に、わたしが本当にほしかったものが
もう、手に入らないのだとわかったとき
わたしの人生は、転換を迎えた。
もう、欲しいものは、それで最後だった。
わたしは残りの人生の中の希望を失い
生きること自体を辞める代わりに
それなら、もう、自分のために生きることを放棄することにした。
自分の持っている全てを、自分のためじゃなくて世界のために使うと、決めた。
いつかずっと昔、望んだ生き方だったと思う。
自分のすべてを、天に明け渡すという生き方。
抵抗し、抵抗し、抵抗し続けて、自分の望みをなんとしてでも叶えたかった。
どんな手を使ってでも、欲しいものを手にいれるのが、私だったから。
それができることを、知っていたから。
その全てを手放すことは、自分が消えてなくなることと同じような意味あいをもっていたとおもう。
それを、揺らぎ、壊し、揺らぎ、壊し、ひとつづつ
身を削るおもいで外に流し、
わたしは、そのたびに、違う人間になったようだった。
自分のために生きることは、
すこし前までの自分にとって、至極あたりまえのことだった。
そんなことは当たり前で、自分のことを考えることも、一番大事にすることも。
あたりまえだとそう思っていた。
でも、そうじゃなかったんだ。
この場所で、やりのこしたことは、ないだろうか?
どうしても
どうしても経験したかったことが、
わたしには、できたんだろうか?
それとも、できずに、諦めて、次に進むことにしたんだろうか?
それは、よく、わからない。
ただ、もしこの先一生、自分の身が、自分のためにある感覚がなくなって
ただ、そこに在ることができるようになったなら
わたしはきっと、やっと、
自分の人生が始まるために準備していたこれまでの全てが、
多分報われることになるんだと思う。
それが、すべてだ。
それを祝福と呼ばずして、なんと呼ぼう。
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