そして結局のところ、その激しい嵐が吹き去ったあと、僕らの心に残されたのは、後味の悪い失望感だけでした。どれだけそこに正しいスローガンがあり、美しいメッセージがあっても、その正しさや美しさを支えきるだけの魂の力が、モラルの力がなければ、すべては空虚な言葉の羅列に過ぎない。僕がそのときに身をもって学んだのは、そして今でも確信し続けているのは、そういうことです。言葉には確かな力がある。しかしその力は正しいものでなくてはならない。少なくとも公正なものでなくてはならない。言葉が一人歩きをしてしまってはならない。
p37 職業としての小説家 村上春樹著 より
わたしが、言葉に確かな命を宿すことを始めたのは、とてもあとになってからだと思う。もちろんそれまでも、書いて書いて、そこにはとてもフレッシュで自分の生きてきた感触のようなものは込めてきた。
でも何度も壁にぶちあたったときに、どこか、言葉を頼りにしていて、それで自分はちょっとだけ着飾った気持ちになっていたことに気づいたのがこの数年だと思う。
そのあとはいまだにもがいていて、以前のように、言葉とじぶんがすなおにひとつになることがとても難しいし、まだ分離しがちになる。
ただ、確かに、ほんの一瞬だけれども、以前のように、自分がそのまま言葉になりかわったように魂が綴る時間がでてきた。
それを、取り戻していく。
空虚な言葉の羅列は、そして、見ればすぐにわかるようになった。
それは、そこに足りないのはひとの厚みであり、すぐに見抜けるが、そこにどうしても価値をもたせたい。
それならそれを、自分が自分なりに納得するまでやるしかないのだ。
自分がそれをやりとげることができたら、そこで初めて、わたしは上の、村上春樹氏が語るようなことを自分の言葉で語りたい。
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