そもそも自分を必要としてくれている人は、別に自分と同じ場所に行こうとしてる人じゃないんだ。
多分。
りゅうじとかよいさんみたいな人たち。豊かで、多くのリソースを持ってる人たちってきっと
役割も違うし、自分を必要としてくれるってことは、まいが持ってて彼らには無いものがあるということで
だからそれを、それ自体を認めてあげなければいけない。
彼らが持っていないもの。
それは、勇気だとか、全てを差し出すほどの捨て身な生き方だとか、そのくらいに純粋であることや、失うものがないということ。
わたしにだってあるよ。失いたくないものくらい。
でも決定的に違うのは、わたしは守るためには生きていないということだ。
わたしは、失わないために保険をかけながら生きてはいないということだ。
すべてをまっさらにそのまま100パーセント差し出そうとする生き方は、きっと他の人から見ると潔くてかっこよくて、なんて高貴なんだろうとそう思うんだろうな。
わたしからしたら、器用に何かを操作できる賢さや狡さのほうがよっぽど羨ましいと思えるけど。
それでも、じゃあ、器用に何かを操作して、賢く、何かを失わぬように、ずるく生きたいかと言われたら。
NOと答える。
わたしは、わたしの人生を選んで、この愛を世界に捧げる生き方を選んだんだ。
だから、わたしはわたしを生きなきゃ。
苦しみながらも精一杯、自分を生きなくちゃ。
ここに、愛は溢れてる。
自分の中に。