Joという助産師がいて、ゆうさんと重ね合わせた。
あの時苦しんだ自分にはJoがいてくれて、誰の味方もしないことで、正しい道をわたしは見失わずに済んだ。
正しい道というのは、2つの異なる意見や世界が対立したときに、どちらかに寄らずに3つ目の道を示すことができるということだ。
誰もが、うまくいっているときや、強い立場にいるときにはあたかもそれが正しい道のように見えて、とても正々堂々と愛に立ち振る舞える。
でも真価が問われるのはいつも、うまくいかなくなった時だ。
その時に、自分を守るための言い訳に走ることや、自分の正しさを主張することが普通のひとに起こることで、その時に本当の道は決して見えてこない。
今大切なことは、いつも対立している場所とは違うところにある。
Joはそのことをいつも知っていてくれた。安心できる環境や、誰もが間違っていないと思うからこその苦しみに、力を与える代わりに、今わたしが何をすべきかだけを教えてもらえること。
それは、自分の中に正しさを掲げているときには決して見えてこない。
そして今、とても辛い孤独な状況の中で、ゆうさんという人がわたしを支えてくえる。Joがあの時してくれたのと同じように、誰にも巻き込まれることなく、ただ今必要なことが何かを一緒に考えてくれること。
それを愛と呼ばずして何と呼ぼう。
そしてわたしも、ゆうさんやJoのようにいつもありたいと、そう願う。
誰が何を信じようとも、それは正しくないこともある。
誰が何を否定しようとも、それも正しくないこともある。
それは、正しさの存在しない世界にしかない正しい道のことで、それだけが、本当の愛へと道を繋いでく。
その優しさのことを思うだけで、胸がぎゅっと安心感に包まれるよ。
ありがとう。