こたえ

一緒に住むことへの執着

09/05/2024

すごかった。今日、結局別々に住んだほうがいいというメッセージをもらって、なんだ、結局握りしめてきたのは自分だったとようやく理解できた。

というかは、微かにまだ期待というか、高次がそう言うからみたいな。人のせいにしてるとこはどこかあった。

高次が「別々」と言えばそれに従うみたいな。そこに自分の意志は結局無くて。

でももし本当に自分の意志だけだったとしたら、わたしは本当はどうしたいんだろう。潤との未来、運命の人、魂がずっと望んできたこと。

もう忘れたけれど、結局「連絡」とか「コミュニケーション」を手放したら最後、「近くにいること」しか残らなくて、山梨にいくことを選んだ。

7月にタオ君がメッセンジャーとして「僕も山梨にいく」と言ってから、とてもとても長かったな。

自分がどうしたいかなんて、そもそも存在してないよ。

そんな感じがする。

その中で、あくまでもその中で選ぶとしたら、だな。

 

子どもも諦めて、一緒に暮らすことも諦めて、何もかもを諦めたなら、わたしはただ「生きる」を選んでみたい。かも。

生きることが難しい世界でのチャレンジで、死ぬことの方がよほど簡単で、自分が知るかぎり最も死に近い場所で生きてる人の側では、わたしは生きられるような気がするから。

それだけでいい、まずは。

そのあとのことはそのあと考えればいいや。

 

わたしはタオ君が元気に学校に行って、そして自分も普通の日々が送れたらまずはそれでいい。そして偏見やエゴに満ちたこの世界を許して受け入れてみたい。

そっか、って。

その上で傷ついたりせずに、適度に関わってみたい。

それでいい。

 

今日不動産屋さんと話して、本当にどうでもいいけど理不尽に責め立てられたとき、結構本当にどうでもよくて、ダメージが少なく済んだことがとても良かった。

そのあとで、斎藤さんが、「意外といい人たちですよ」と言っていたことで、自分たちの株を下げられたことが苦しかったのかも、申し訳なかったな。とすら今思ている自分。

正直で素直である自分の性質は、すごく愛に近く、この世界では疎まれる。

使い分けたりする器用さはなくとも、少なくとも謂れのないことをまくしたてられたりしたときに、傷ついたりすることがなければ、きっと生きていけるとそう感じた。

 

自分の意志で、山梨に引っ越す、という意味が本当にやっとすこし理解できた日。

わたしはちゃんと、前に進んでる。

本当に。

 

 

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