たとえば、わたしたちは、いつから、笑えるようになったのだろうか。 すべての母親にとってそうであるように、わたしもまた、 いままで自分のなかにあった「あたりまえ」が 根底からくずされてゆく毎日を送っている。 たとえば、わたしは、にんげんというものは、嬉しければ自然と笑みがこぼれるし、 眠くなれば勝手に眠ると、そう、 思い込んでいた。 でも、実際は、産まれたばかりのそのいきものは、 一ヶ […]…
よく、出産は最大のデトックスだとか聞いていたけれども、 わたしが体験したのはデトックスというよりかは「破壊」という感じだった。 みんな口を揃えて「ほんとに身体ぼろぼろになるよね」と言うけれど、 少し落ち着いた今思い返すと、ぼろぼろもそうだけれども 一旦自分の精神と身体が完全に解体されて、散り散りになって、 もとのかたちが跡形もなくなったような場所から、 時間をかけて再生される、 そんな感じだ。 翌 […]…
2014年6月9日、午前11時49分、Taoは、この世界に産まれてきた。 2014年6月9日、午前11時49分、そしてわたしは、母となった。 産まれて数日たって、あるとき、風が吹いている、と感じて、 わたしと、タオが、そして、風そのものになっているのだ、と感じた。 舵をとるのは、まちがいなく、タオで、 わたしはそれにならって、 びゅんびゅんと潔いスピードに乗っていた。 つよくて、とう […]…
おなかが大きくなって さいごの、ひとり旅 わたしは台湾にいる。 鳥のさえずる声と、 窓から差し込む陽のひかりで目覚める恩恵。 太陽の恵みのこととか、 うっそうと茂る緑色の大地をひらひらと舞う白い蝶のこととか、 乾燥機ではなく外で洗濯物を干すという贅沢とか、 蛇口をひねればすぐに暖かいお湯が出てくる発明とか どこもかしこも清潔な厠 […]…
台湾人は、やっぱり、底抜けに親切だった。 台湾という場所は、とても不思議だ。 町はまだまだ汚く、道はバイクで溢れかえっていて、騒音も排気ガスも尋常じゃなく、 忙しそうで、とても人々に余裕があるようには見えない。 どうしてこんな喧噪のなかで、誰かの声に耳を傾けるこころのゆとりが出来るのだろうと 不思議に思えるほど、驚くほど、ひとは、優しい。 道をきけば、「知りません、お役に立てずごめんなさい」とさっ […]…
あなたは、 そのような、 もっともうつくしいきせつのなかに、 うまれてくるのでしょうね。 ゆきは、 いつものように、 世界のすべてのよごれを すいとってはまいおりて、 すいとっては また 天へとかえってゆく しずけさだけを そこにおいて スペースをつくり、風をよびこむ あたらしいきせつに、 むかってゆくのです。…