昭和町のプールに行けた。 古くて、狭くて、地味で、嬉しい要素はひとつもない場所 いつか住んだシャンベリーの、カラフルで可愛くてそこにいるだけで胸がはちきれるほどときめくプールとは 真反対の その場所だった。 でも、水のなかで自分の身体をしっかり感じていくこと 右足の、腰の痛みや痺れや、機能できていない場所を 元の位置に、戻すように 息苦しくて、数回潜って息を水の中で吐き出すだけで、身体がほぐれて、 […]…
とことん光り輝くということは、同時に同じ尺の闇に対応するということだよ。 とことんストイックに透明になるということは、 同時に誰も扱い切れない汚れた感情に触れるということだ。 ただそれだけ。 …
NZという国は、全体的な波動が高いとおもう。 それは自然がまだ多く残っているとかもあるけど、新しい土地であることや、 多分だけどもともとの移民からの歴史なんかも含めてクリーンだ。 それはひとと交わる中でも感じるし、よって住みやすいのは事実だとおもうし、いわゆる次元が高めのひとびとで構成されている以上、愛や平和や穏やかな感覚のなかで生きてる人間が多いから、 結果的に平和な場所になる。 […]…
あのころの世界に、自分は居なかった。 自分は、世界の外にいて、世界は美しくて、自分は醜かった。 いま、自分は世界の一部だと感じる。 世界は美しいし、中には醜い瞬間もあるし、 自分もまた、美しいし、中には醜い瞬間もある。 それはいつからか、ひとつになったと思う。 …