2018/1/1 自分にとってにねというばしょは、 右にもひだりにも 上にもしたにも 前にもうしろにも どこにもいけないときに 行くばしょのようだ。 どこにも行く場所もなく、かといって どこにも帰る場所もなく、 やりたいことも何もなく、かといって 何もしないということが辛くて辛くてたまらないとき 泣くこともできず 怒ることもできず 光を見失い 真っ暗ななか […]…
わたしが、言葉を失ったのは、繰り返し愛した人から書くなと言われたからで、 その最後の決定打となったのは、最後わたしから完全に言葉を奪って失ったのが、潤だった。 2018年の暮れから5年。 5年越しにそして、長らく見失った自分の第5チャクラがもう一度、息を吹きかえそうとしている。 もしかしたらわたしは、言葉を取り戻してそして、言葉が必要ではなくなり、そして、 それを遂に、扱うことができ […]…
その「愛してるよ」が いつか簡単に飛び交ったところからの 絞り出すようにしてかけた朝 ふたりの間に隔たる大きな壁は わたしたちが創ったものだけじゃなくて ふたりそれぞれが、歩んできた道で 積み上げたもの その壁を ひとつ、ひとつ崩していく旅 あなたのその手をもう一度、取るために その「愛してるよ」で、世界の隅々まで光が行き渡るように潤って その、震えた優しい声で わたしのおぼつかない […]…
あなたに、必要とされたかった。 あなたが、必要だったから。 自分に必要がないと思うひとには、必要とされる必要がなかったから だから、自分が必要とされるために必死にならなくてよくて だから彼らはそばに、いてくれた。 いつも、いつも そうだった。 自分に本当に必要だった 大切なひとたちを次々に失って、わたしは、ひとりになった。 あれから何年も経って 潤の側にい […]…

